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2006年7月18日 (火)

いのち。

僕は生かされている。

今日の夕方、一人の入院患者さんが、僕たち病院スタッフに向けて講演会を開きました。命の危機、身体の麻痺。。。患者さんが抱える悩みは非常に深刻であり、重いものばかりです。
僕たちも教科書では命の大切さ、障害についてを習いますがなにせ障害を持った経験がない。そのため、どんなに努力しても『他人事』なんです。実際に同じ悩みを持った訳ではないので共感はできません。

だからこそ、患者さんの生の体験談、今の心情を聞く事でリアルな患者像を造って行く必要があります。

そこで今回、自らの病気のいきさつを語ってくれる患者さんがいらっしゃったので、講演会を依頼した、という訳なんです。

冒頭の言葉は、患者さんが繰り返した言葉です。
内容はプライバシーに関わるため、日記には掲載しませんが、非常にありがたいお話が聞けました。ありがとうございました。

僕は、担当患者さんを知るために、できるだけ病気に関わらず患者さんから話を聞きます。当然、発症当時の事も聞きます。カルテに記載されていますが、やはり本人の口から聞かねば、と考えますから。
患者さんの発症には同じ状況なんてありませんから、聞けば聞くほど僕の力になるとも考えますしね。

さっきも言ったとおり、患者さんに共感できません。あと、僕は患者さんに同情もしません。同情は治療手技を曇らすと思います。そんな僕でも、今日も話の後、目頭が熱くなった。。。久しぶりな経験です。
でも、『生かされている』には一言言いたかったな。自分で生きてるんだ、それが貴方の選んだ道なんだから。僕たちは少しそれを手伝ってるだけだって。


リハビリは、僕たちが強制してやらせるものではありません。あくまで患者さんが望むときに僕たちが提供するものと考えています。もちろん、病気で、もしくは認知症で拒否が本心とは違う場合もありますから、そこは見抜かないといけないけどね。
今日の午前中、意味の分からない理由で拒否するおっさんが居ました。認知症ではなく、拒否であるため僕はリハビリを中止しました。
理屈っぽく拒否したつもりでしょうが、理にかなっておらず他の患者さんが笑ってました。
はっきり言って、その患者さんがその後麻痺で苦しもうと知った事じゃありません。成人した大人が考えて下した結果が拒否である以上、強制させる事は拷問ですから。もちろんリハビリがどうしても必要となれば訓練は行いますが、そのときには何らかの手遅れとなっているでしょう。自ら望んだ道、それを歩くというならそれ以上リハビリを進める理由がなくなります。

最後にこれも今朝、昔担当していた患者さんが亡くなりました。何度経験しても慣れません。ショックです。ご冥福をお祈りいたします。

今日は命に関わる事が多くありました。勉強になる一日でした。今日の気持ちを忘れないようにしなくては。。。
長文すいませんでした。

追伸:患者さんの話の時、学生が寝てました。彼には医療従事者としての素質がありません。てか、いずれ同じ理学療法士を名乗ってほしくもありません。僕は彼のバイザー(担当教官)じゃないから、合否をつけられないけど、バイザーと話した所、不合格にするっぽい。当然の結果ですね。

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コメント

まぁ学生だから、狂花氏のように真剣に考えてる人もいるし、いない人もいると思います。(現場を知りませんので違ってたらごめんなさい)

どこにでもいますよ、学生気分で働く人。

投稿: はれるや | 2006年7月19日 (水) 21時10分

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